japanjoboji blog

浄法寺漆産業 一人社長のブログです。 漆の産地、岩手県浄法寺の漆や漆器のこと、その他いろいろつづります。

漆を植ゑよ

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昭和8年のポスターです。

当時は軍需用として漆が大量に必要とされていた時代。明治時代より中国からも大量に漆を輸入していましたし、台湾に積極的に植林したり、それでも漆が不足していました。

漆掻きは大変な作業に変わりないので、全国的にも岩手県北をはじめ一部の地域でしか採られなくなっていましたが、まだまだ漆産業に活気があった時代です。

 

大正14年に二戸を訪れた農林省の技官の話が当時の岩手日報に載っています。(工藤紘一「いわて漆の近代史」)

 

漆の産地として本郡(二戸郡)は古来有名なものであり、年産額は全国第一位を占めている。一ヶ年2000貫の漆液を出し、1貫目20円としても8万円に達している。量は38万貫で、国内で生産するものは僅かに3000貫に過ぎぬ状態であるから、本省では国産上奨励の必要ありとして今回調査を始めたとの話であるが、現在本郡の状態は畑の周囲に植えてあるも桑に圧倒され萌芽の手入れも碌々しないから、年々衰退の傾きがある。価格は14,5年経た1尺5寸くらいのもので1本僅かの4、50銭にしか売買されるため地主も喜ばず、漆を切って桑を植え替えると云ふことになるのである。

 

昔は重要な樹木として松杉が記載されていないのに、漆だけは公簿に載ってゐるといふほど奨励していたんだが、今ではなんら構わぬから斯様な状態になったのでこのままのして置いたら本郡の漆は絶滅するかもしれない。政府では補助を交付し苗木を呉れるようにでもせねば漆を植える気にはならず、年々減ずる事になるであらう。

 

大正の終わり頃にすでにこんな状態で、危機的だと言われていたのにこの平成の世まで漆林を保ってきたというのは奇跡的なことなのかもしれません。

漆の木は漆掻き職人が育てるのではなく、別の森林所有者が漆木の販売収入を得るために植えているので、漆が売れなければ植えようとするインセンティブが働きません。この技官の話のようにせっかく育てた漆の木を切るという話も聞きます…

当時は国策として漆を保護していましたが現在は二戸市が苗木に補助金を出しているほか、山に植えるときに造林事業として一定年数の保育管理に補助が出ていますが、それでも全然足りません。

 

このポスターを復活させたい気持ちです。