japanjoboji blog

浄法寺漆産業 一人社長のブログです。 漆の産地、岩手県浄法寺の漆や漆器のこと、その他いろいろつづります。

「科学映画と私」

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中尊寺金色堂の昭和の大修理を記録した映画「よみがえる金色堂」。今でも中尊寺に行くと、讃衡蔵でこの映像が繰り返し流れています。

この映画を監督したのが中村麟子さんという、女流映画監督のさきがけといわれた方で、昨年92歳で亡くなられたのですが、その直前に執筆された「科学映画と私」というエッセイ集があります。この本を先日入手したので読んでみました。

この記録映画を作るきっかけは中村さんの発案によるもので、文化庁中尊寺側からの働きかけが一切なかったとは知りませんでした。
映画を見れば分かりますが、記録されているのは既に金色堂が解体された後で、当初から記録を目的としていれば全部の記録を撮っていたはず。解体から2年後に金色堂の修理が始まっていることを知り、そこからスタートしたのでした。

中村さんは漆にかぶれやすい体質らしく、撮影で何度もかぶれて医者に飽きられながらも5年間に渡って撮影を続けたそうです。ただ一人カメラマンの助手が全く漆にかぶれない人だったおかげで撮影が進んで助かったとか。

5年間に渡って撮影されたフィルムは16ミリで約3000メートルに達し、金箔や螺鈿の部分は綺麗に撮るため35ミリフィルムで撮ったそうです。
断腸の思いで全体の約5/6のシーンをカットして、編集にも苦労したとか。クランクアップ後のスポンサー探しも大変だったようです。個人的にはこのカットした部分が見てみたいですね。おそらく貴重な記録が満載のはずです。

やっとのことで映画が完成して、文化財関係者に映画を見せたとき、多く出た感想は「解体の場面がないのが残念だ」というものだったらしいですが、記録を撮ろうと思い立った中村さんの行動がなければこうして現在修復の様子を見ることもできなかったわけで、むしろ感謝しなければならないことですよね。

しかも、関係者の中には「記録がないよりましだ」と言った人がいたらしく、中村さんの「私の心を傷めつけ」、「あれから何十年たった今でも、この心ない言葉はぐさりと胸に突き刺さったまま」だったそうで...

中村さんをはじめスタッフの5年間の労苦は、「教育映画祭最高賞」、「キネマ旬報ベスト2」、「教育映画文化賞」等数々の賞に輝き、現在では我々もネットを通じて気軽に見ることができるようになりました。

日映科学映画製作所「よみがえる金色堂」
http://www.kagakueizo.org/2010/10/post-320.html

中村さんが残してくれた貴重な記録は次の修理修復できっと生かされるはず。

それにしても、中村さんも述べていますが、こういう国宝の修理記録は国か県か寺がプロジェクトとして撮っておくべきではなかったかと...