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japanjoboji blog

浄法寺漆産業 一人社長のブログです。 漆の産地、岩手県浄法寺の漆や漆器のこと、その他いろいろつづります。

いわての漆展、閉幕

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1ヶ月に渡って開催された岩手県立博物館の「いわての漆」展が7日で閉幕となりました。

最終日は二戸市の中村うるし振興室長と私によるセミナーがありまして、多くの方々にお集まりいただきました。ありがとうございました。

私の説明が下手でどうもうまく行きませんでしたが、中村室長のユーモアを交えた的確かつ詳しい説明に助けられました。浄法寺の漆の現状と、行政・民間の取り組み、今後の展望についてお話しました。

漆がふんだんに採れる地域というのは国内探してももはやほとんどありません。数十万本の漆の木があるのは岩手県のみ。でもそれだけの資源量があっても漆が使われなければ手入れもされず放置されるだけ。
現実、数年前まで漆がほとんど売れなかった時は漆原木所有者もせっかく育った漆の木を伐採するのが多発しました。15年、20年育てても誰も買ってくれなければ邪魔になるだけなのです。

林業自体、木を植えた後それが収入として成果として現れるのは十数年後ですし、将来確実に売れるという保証もないなか、岩手県北の山林所有者の方々は昔から漆を植えてきました。何も植えないともったいないし、漆は他の樹木とくらべて早く回収できるメリットがありました。

岩手県の中でも県北部は民有林の割合が高いというのも漆林が比較的多い理由になっています。国有林で漆はほとんどないですし、あったとしても部分林。岩手北部ではこの部分林にも漆が植えられている国内でも稀有な地域です。

明治時代から岩手北部が漆の大産地であり続けたのは、この森林所有者、畑の所有者が漆を植えてきたからです。福井県からはるばる1ヶ月をかけて出稼ぎに来て、そのまま定住してしまったというのもこの地域がそれだけ魅力的だったからなのでしょう。実際に越前から移住した職人や仲買人から聞くと、漆の木が多く、品質のいい漆が採れることが理由だったそうです。

岩手県立博物館で漆掻きについて長年研究されてきた工藤紘一先生によると、「越前衆」という言葉は岩手県二戸郡と青森県三戸郡でしか使われない表現だったとのことです。他の地域では越前出身でもそのような呼称はなかったらしいのです。それだけ大勢の「越前衆」がこのエリアに来ていたということですね。

今回のセミナーには工藤先生もお見えになり、終了後お話する機会がありました。漆掻きについてもっと調べたいことが多くあったのに、インタビューするつもりだった重要人物が他界してしまっていて悔やんだこともあったそうで、まだまだ漆掻きの歴史、当時の実態は調べ尽くされていないようです。

個人的にもこの分野はとても関心があるので、いずれ私も調べてみたいと考えています。